禁じられた遊び
マンションの玄関ホールに入ると、5階のS婦人が、
エレベーターを止めて待っていてくれた。
急いではいなかったが、待たせるのも悪いので、
小走りに飛び乗る。
「どうもすみません…こんにちは」
いまどき珍しい、サザエさん風の頭をした、
気のいいおばさまは、何も言わずに、軽くうなずいてみせた。
つられてうなずくと、床に散った紫紅色の花が目に付いた。
小ぶりの皐月が、少し隅のほうに寄って、5輪ほど…。
「お子さんが、いたずらでもしたんでしょう」
Sさんが、にこやかな笑顔で言った。
非難の調子ではなかった。
ファサードの植え込みあたりから、摘んできたものなのだろう。
「じゃあ、お先に失礼します」
5階で降りるSさん。
言いそびれた言葉を喉に引っ掛けながら、
ぼくは6階に上がった。
「あれは、いたずらではありませんよ、Sさん。
演出です、たぶん」
このマンションに住む小さな女の子の笑顔が、
ひとつふたつと頭の中を駆け抜けていった。