ウォーター・マッシュルーム

用水路を覗き込むと、ミズキノコだらけだ。
まるで、クラゲみたいだ。
オオトカゲが進化して…いや、不本意に順応して、
海に潜れるようになったようなものだ。
ミズキノコは、しかし、なぜ水環境に順応したのだろう。


ウォーター・マッシュルーム…


外国ではウォーターと言っても通じない、
という話を思い出した。
日本人の場合は、ワラと言ったほうが通じるという。


用水路の向こうは、赤紫のつつじだらけだった。
赤紫というより、チアノーゼだ。
何かに窒息したかのように、紫に腫れ上がっている。
あれは本当に、つつじだろうか。
もしかしたら、さつきではないのか。


さつきという女性は知り合いに何人かいるが、
つつじという女性にはお目にかかったことがないなと、
ふと思った。


目の前を3人の女性が並んで歩いていた。
その一人がつつじさんのような気がした。
一番髪の短い女性だ。


尾行する気なんてなかったが、なんとなく後ろを歩いていると、
いつの間にか自宅のマンション前に着いていた。


玄関ホールに入ると、小柄な少女が追い越していった。
自信はないが確か、同じ階の中学生だ。
今年中学に上がったばかりのメガネ女子
人見知りなのか無愛想なのか…あまり話をする機会はなかった。


エレベーターで一緒に6階まで上がる自信がなかったので、
やり過ごすことにする。


郵便受けを点検し、掲示板を眺める振りをして、
のろのろとエレベーターに向かった。
少女は、しかし、スイッチを抑えて待っていてくれた。
仕方がないので、礼を言って乗り込んだ。


「学校の帰りですか?」


何を言ったらよいのかわからないけれども、
何も言わないわけにもいかないので、言ってみた。
少女は声を出さずに、こくりと頷いた。


「じゃあ、さようなら」
「さようなら」


今度はちゃんと声を出してくれた。


部屋に着くとすぐ、知り合いの女性から電話が来た。
ずいぶん久しぶりだった。
癌で入院していたと言う。
そんなことは噂にも聞いていなかった。


本人があまりに淡々と話すので、
どうリアクションしたらよいのかわからず、
受話器を持って、ただただ頷くばかりだった。