三日月坂

月のない三日月坂を歩いている。
携帯が壊れ、時計は持っていないので、時間はわからない。
通り過ぎたどこかの電光掲示板が、10時少し過ぎを示していたので、
それよりも後であることは確か。


坂を上っている。
いや、上っていた。
さっきまでは確かにそうだったのだが、
今は下っているような気もする。


小さなお稲荷さんを通り過ぎた。
狐の首の赤い前掛けだけが、闇の中に浮かんで見えた。


お稲荷さんは左側にあった。
ということは脳内地図によれば、この辺は、
かなり急な上り坂でなければならない。
どうしてこんなに、足が軽々と動くのだろう。


向かい側から茶色い影がやってくる。
シルエットに見覚えがある。
特に肩から首の辺りのライン…Mさんだ。
間違いない。


「今晩は。こんなところでお逢いするなんて…」


「あのう…失礼ですが、どなたですか?」


「Mさんですよね?Tですが…」


「Tって、どちらのTさんですか?」


「T・Tですけど…暗いから、おわかりになりませんか?」


「暗くなんか、ないじゃありまんか。
こんなに灯りが眩しいのに…」


ぼくは目をこすろうとした。
こすろうとしたが、こすれなかった。
目が無かったからだ。
目というよりも、首から上がすっかり…


三日月坂、別名を首狩坂。
鎌のような目をした狐が鎌のような尻尾で、
通る者の首を刈取るという。