俺の壺

おばさんは桐の箱からピンクの壺を取り出した。
いかにも安っぽい作りの小ぶりの壺だ。


「骨壺なのよ。もちろん、ただの壺ではありませんよ。
幸運が怒涛のように舞い込むのよ…
なんて言っても、本気にしてくれないでしょうから、
正直に言っちゃう。
『分相応』にちょっぴり毛が生えたくらいの幸せがやってくる。
これは本当。買って損はないと思いますよ」


「で、おいくらですか?」


「600万」


「ずいぶん吹っかけますね?
払えるわけないくらい、見ればわかりますよね?」


「マニュアルどおりやってみただけよ。
6000円にオマケしとくわ」


「よし、買いましょう。
6000円でも高いかもしれないけど、
潔いくらい露骨なインチキが気に入ったから…」


「そうそう、それでいいの。
イカサマとわかって面白がってくれることが、
わかっているからこそ、売るんだから。
タタリとかを持ち出して、この商品を買えば祖先のタタリは消滅する、
なんてのは絶対怪しい。邪道なのよね」


「本当に、あの某教会とは関係ないんですか?」


「うちは教育教会。
例の教会とよく間違われるんですけどね、とんでもない話です。
うちはあちらさんとは違って、胡散臭いんですから。
もう自信を持って胡散臭い。
芸能部だってあるんです」


そう言っておばさんは、タレントの名前を三つ四つ挙げた。
どれも、かなり知名度の高い名前だ。


「某学会の芸能部にだって負けませんよ。
実を言うと、あたしも芸能部です、お恥ずかしい話ですけど。
何しろ見ての通り花がないもんですから、
ほとんどお役が回ってこないんですけどね」


おばさんは大口開けて、金歯と喉ちんこを見せて、
ガハハと笑った。
ちっとも悲観している風ではなかった。
むしろ、うれしそうだ。
これぞ信仰の力だろうか。


「持ってるだけでいいんですか?幸せを呼ぶためには…」


「少しの努力と少しの自力は必要ね。
まあ、騙されたと思って…言われなくても思ってるでしょうけど…
せっせと磨いてみてね」


せっせと磨くまでもなかった。
おばさんが帰ったあと、手近にあったメガネ拭きで、ひとこすりしたら、
もくもくと煙が出て、中から何か出てきた。
魔人ではない。
魔人にしては貧相きわまりない…と思ったら、俺ではないか。


「俺は俺です、ご主人様。
なんなりとお申し付けください」


壺の俺はあまり役に立たない。
当たり前だ。
なんてったって俺だからね。
でも、それなりにちょくちょく利用させてもらっている。