三つ目信号

信号が変わらない。


交差点ではなく、ただ横断歩道があるだけの道だから、
待たされるのは仕方ないが、せめて押ボタン式にしてほしい。
この街道は、けっこう交通量が多い。
信号無視して横断するのは命がけなのだ。


おばさんが3人、いらいらして待っている。
夕飯の買い物の帰りではない…たぶん。
買出しのおばさんならば、ママチャリがほとんどだ。
会社が終わるには少し早い時刻だから、
何かの理由で移動中のおばさんたちだろう。


気がつくと、おじさん2人、おにいさん1人、
娘さん1人、お嬢さん1人が加わっている。
どういうわけか僕は、総勢8人の後ろに立っているのだ。
顔は見えない。
みな後姿だ。
年のころや属性は、だから、まったくの推定でしかない。


僕は別に、車道から離れて立っていたわけではない。
車道からせいぜい30センチほど下がった辺りに立っていたのだ。
後から来た8人は、なぜかみな車道に立っていた。
気が急いているからだろうか。


それにしても、長すぎる赤信号。
気のせいかもしれないが、
10分以上待たされているのではないか…


そのとき「なみだの操」が近づいてきた。
ママチャリの籠にラジカセを積み込んだおじさんだ。


ときどき道で出逢うことがあった。
演歌好きらしく、曲に合わせて唄いながら、
運転していることも珍しくない。
ラジオでも、CDでもなく、たぶんテープだろう。


宮路おさむのコブシが爆音で響き渡ると、
信号待ちのみんなが一斉に振り返った。


マスクを着けている。
一人や二人ではなく全員が、白いマスクを。


信号待ちは、いつの間にか、さらに増えていた。
その20人を超える老若男女が、
そろいもそろってマスク姿なのだ。


「なみだの操」が遠ざかって行くと、
また元通りの後姿になった。


自動車用の信号が、やっと黄色に変わる。
一歩踏み出す者もいた。
が、黄色い信号はそのまま黄色であり続けた。
いつまでも…


日が落ちそうになると、目の前の一人が回れ右をした。
男か女か、若いのか高齢なのかもわからないが、
やはりマスクをしている。


それを合図に、一人また一人と回れ右をした。
マスクをした集団が、薄暮の中で一斉に、
僕に向かい合っている。


誰が合図するともなく、ほぼ同じタイミングで、
マスクが外された。


マスクの下は目だった。
三つ目の顔が、様々な高さで浮かんでいた。