線量計

公園で黄色い携帯を拾った。
携帯というよりスマートフォンだろうか。


よく見ると、しかし、ディスプレイが小さすぎるし、
ボタンも少なすぎる。
線量計のようだ。
確かドイツ製の高価なやつ。


スイッチらしいものから始めて、ボタンを次々にいじってみたが、
反応がない。
壊れているようだ。
壊れてはいても一応、交番に届けたほうがよさそうな気がして、
最寄の交番に持って行く。


小太りの若いお巡りさんが出迎えた。


「これ拾ったんです、壊れてるみたいなんですけど」


「なんですか、これ?」


線量計のようですが…」


「せんりょうけいって?」


無理やり笑顔を作ろうとしているが、明らかに迷惑そうだ。


放射線を量るやつですよ」


「一応お預かりしてもいいんですが、壊れてるなら…」


語尾を曖昧にしたまま、腕組みをして黙り込んでしまった。


「じゃ、僕のほうで処分します」


「そうしていただけると助かります」


それ以上、そのぶうたれ顔は見たくなかったので、
壊れた線量計を鞄に放り込んで、さっさと立ち去った。


豊川稲荷の前を通りかかったときだった。


ピィピーッ…ピィピーッ…ピィピーッ…


続けざまに鳴るP音。
鞄の中からだ。
僕の携帯ではない。


壊れているはずの線量計が叫んでいた。


壊れていなかったのか…それよりも、
こんなところにホットスポットが…?
この稲荷はパワースポットとして知られていた。


ディスプレイには何の数字も出ていなかった。
その代わり、閃光が雷のように、ぴしぴしと走っていた。
やはり壊れているのだろうか


線量系を手に持ったまま、稲荷の前の薄暗い道を歩いていくと、
10メートルほどでP音も閃光も途絶えた。


線量系をかばんに戻し、とにかく家に戻ってから改めて、
もう一度調べてみることにした。


帰り道、スパーTに立ち寄って、
牛乳パックと刺身こんにゃくとセロリの束を買った。


レジに向かっていると行き成り、


ピィピーッ…ピィピーッ…ピィピーッ…


続けざまに鳴るP音。


停止スイッチと思しきボタンを探して押したら、
なんとか音を止めることができた。


改めてレジに向かうと、Nさんがいた。
天使の声の持ち主だ。
シフトを考えると、きょうのこの時間にいるはずはないのだが、
例外であっても、幸運には違いない。
迷わず彼女のレジに並んだ。


するとまた、


ピィピーッ…ピィピーッ…ピィピーッ…


あわてて先刻のスイッチを押すが、
いくら押しても今度は止まらない。


僕の前にいるお客さんは二人ほど。
とにかく早いこと、なんとかしなければならない。
電池を取り出せないだろうか。


本体をひっくり返して裏を見た。
表は全て横文字だけだったが、裏のほうの左下に小さく、
漢字の表記があった。


『仙妖計』


「せんようけい」と読むのだろうか。
意味だけは、漠然とわかった。
線量計ではなかったのだ。


ふと、視線をNさんのほうに移す。


小柄でほっそりしている割に、顔は丸い。
その小ぶりな顔の白い肌が、半透明になっていた。