黄金遁走曲

4月4日逢魔が時、横浜黄金町を目指して家を出た。
ライブハウス「試聴室その2」で、
大谷能生自主企画 Vol.2」なるイベントがあるのだ。
ゲストのタイガーフェイクファがお目当てだった。


出掛けに積読の山から適当に、1冊を手に取る。
久生十蘭の「黄金遁走曲」だった。
黄金町に向かう片道30分以上の車内で読むのに、
これ以上ぴったりな本はない。


黄金町は初めてではないが、本当に久しぶりだ。
そのライブハウスは初めてなので、念のため早めに家を出たのだが、
早く着きすぎてしまった。
桜並木の大岡川沿いを散策することにする。
ところどころに屋台が出ていたが、花見にはまだまだだった。


ちょんの間はもはやどこにもなかったが、影だけはそちこちに残っていた。
そんな一角に今にも崩れそうな飲み屋があった。


らいむらいと。



開け放ったドアから店内が見えるが、まだ誰もいない。
本当に「まだ」なのかどうかは、しかし、わからない。


店の前で猫が3匹ほど遊んでいたので、
僕も加えてもらうことにした。



気がつくと傍らに、ぼろをまとった老人が立っていた。
おちぶれた松本零士氏のような、あるいは、
宇宙戦艦ヤマト」の初代艦長沖田十三と、
男おいどん」の大山昇太(おおやま のぼった)をブレンドしたような…。
店の主と思しかった。


あの猫はどうで、この猫はこうで、親はどうこうで、
つい最近あいつの母ちゃんが死んで…
そんなたわいもない猫話を聞かせてくれた。
つっこんだ話はなかったが、どうやら、
立ち退きを迫られている様子だった。


いつしか日ノ出町駅まで来ていた。
夕食には中途半端な時間だったので、
イングリッシュ・マフィンを買った。
ささやかな夜桜を眺めがら、ふたつほど齧り、
黄金町のほうに引き返す。


川を右に見ながら進み、橋を渡ってまた川を右に見て逆戻り。
満開に足りない桜を通して満月に足りない月が見えた。



さあ、ぼちぼち試聴室に向かおう。

タイガーフェイクファの本名は川本和代さん。
別名川本真琴さんである。
一応シークレットライブということなのだろう。
ならば秘密の情事ということで…