クリオネーサン

栗田さんは何かに似ていると思った。
なんだろう…




あっ、クリオネだ。


透明といってもいいほど色白で、唇やほっぺただけが、
ほのかに赤くなっている。
なんだか動きがパタパタしていて、
歩くときも小鳥が羽ばたいているみたいだ。


「おなか、すいちゃった。
なんか、食べてかない?」


ぼくのほうは、まだ何も食べたくはなかったが、
栗田さんには久しぶりに会ったのだ。
断るのも悪い。


「よし、じゃあ、軽く食べてこうか。
近くに割とおいしい居酒屋があるんだけど、そこでいい?」


「うん、任せる」


栗田さんは、なまこが大好きなことを思い出していた。
なまこが好物でも別にかまわないのだが、
ちょっと洋風な、上品な美人で、
フレンチとか好きそうな雰囲気だったから、
その好物を初めて知ったとき、意外に思った記憶がある。


「なまこの酢の物がおいしい店なんだ」


「わあ、うれしい」


まだ宵の口だったが、狭い店内はけっこう込んでいた。
カウンターは中途半端にふさがっていたので、テーブル席に着いた。
この店のテーブル席は狭っ苦しくて好きではないのだが、仕方がない。


小さな木のテーブルを挟んで、栗田さんが、なまこをつまんでいる。
ぼくは好物の焼きナスをほおばる。
あまり食欲がなくても、これなら喉を通る。


「ああ、おいしかった」


あっという間。
相変わらずだ。
栗田さんは食べるのが、とても速いのだ。


「あっ、速いね…相変わらず」


「口、大きいからね」


栗田さんは確かに、顔に対して眼も口も大きいのだ。


「今でも、あれ、やったりするの?」


「ときどきね。
やってあげようか?」


言い終えるや栗田さんは、右手を握りこぶしにして、
大きな口の中に押し込んでいた。


これで終わる栗田さんではない。
すぐに左手もあとを追った。


二つのこぶしを飲み込んでも、少しも苦しそうではない栗田さんは、
笑顔で、ぱちりとウインクをしてみせた。


ゆるくウェーブを掛けた栗色の髪が、メドゥーサのようになって、
ぼくをひっ捕まえて、口の中に放り込むのも、
時間の問題かもしれない。


【おまけ】心臓に自信のある方はこちらをご覧ください:
http://www.youtube.com/watch?v=CiXbk3-0N_0