台所で転んだ彼女の話

ナナシさんは張り切っていた。
ドアの10センチ手前でいつも帰ってしまうボクが、
やっと中に入ってくれたから。


ボクの大好物の焼きナスを、
ネットの懸賞で当たった直径30センチの九谷焼の大皿に、
山盛りにするつもりなのだ。


「外れたんだよ、本当は。
3等の信楽の狸さん狙ったけど、2等になっちゃって」


ダイニングキッチンのテーブルで、
ナスターシャというキャラを俄かに思いついて、
裏が白いチラシにボールペンで描いていると、


ドッテンカラフトカラン、


と、ふざけた大音声。
ナナシさんがなぜか、しりもちをついて、
泣きながら笑っていた。


ボクは急に帰りたくなってしまった。


「ボク、帰るよ。
君を不幸にするから」


振り向きもせずに、ドアに向かうと、


ガッチョンキンチャラペレポッカ、


と、さっきより、もっと、ふざけた音がした。


振り向くと、九谷の皿が粉々に砕け散っていた。


ボクは靴も履かずに逃げ出した。