2012-01-01から1年間の記事一覧

サモメタル犬女

公園に隣接するN通りを午後4時前後に通過することが多い。 その時間だと決まって、300メートルほどの通りのどこかで、 その人と擦れ違うのだ。 ぼくは家に向かっている。 その人はK駅のほうへ歩いて行く。 眼の覚めるような美人というわけではない。 思わ…

pseudo-synesthesia

共感覚というのとは違うと思う。 感覚の崩壊、感覚の幽体離脱、 感覚の憑依・融合・置換・弁証法・アウフヘーベン… どう表現したらよいのかわからない。 音が見える。 色が聞こえる。 形が臭う。 匂いが聞こえる。 音が痒い。 色がくすぐったい。 匂いが眩し…

台所で転んだ彼女の話

ナナシさんは張り切っていた。 ドアの10センチ手前でいつも帰ってしまうボクが、 やっと中に入ってくれたから。 ボクの大好物の焼きナスを、 ネットの懸賞で当たった直径30センチの九谷焼の大皿に、 山盛りにするつもりなのだ。 「外れたんだよ、本当は…

つけまつたけ

隣接するマンションが数日前から足場に囲まれている。 外装だけいじるらしい。 きょうも朝から作業員たちは高歌放吟、 人目も人耳も憚らずエロ話を撒き散らしている。 仕事にならないので出かけたい気分だが、 過敏性腸症候群が足をひっぱって行かせてくれな…

クリオネーサン

栗田さんは何かに似ていると思った。 なんだろう… あっ、クリオネだ。 透明といってもいいほど色白で、唇やほっぺただけが、 ほのかに赤くなっている。 なんだか動きがパタパタしていて、 歩くときも小鳥が羽ばたいているみたいだ。 「おなか、すいちゃった…

オドヤマさん

オドヤマさんは、とっても陽気なおねえさんだ。 おねえさんといっても実は、ぼくより年下だから、 本当は妹で、オドちゃんとか、愛称で呼ばなければならないのだろう。 だけどつい、おねえさんと呼びたくなる。 いや、ひょっとしたら、おばちゃんのほうがぴ…

きょうもきょうとて厄落とし

フォークで臍のゴマを掃除していたら、 孔の奥からボコボコとシュウマイがで飛び出してきて、 次々にその皮が向け、 中から猫とミョウガとウンコと初恋の女性が出てきた …という夢を見た。 こういうタイプの夢を自分は日常的に見るのだが、 他の人はどうなの…

黄金遁走曲

4月4日逢魔が時、横浜黄金町を目指して家を出た。 ライブハウス「試聴室その2」で、 「大谷能生自主企画 Vol.2」なるイベントがあるのだ。 ゲストのタイガーフェイクファがお目当てだった。 出掛けに積読の山から適当に、1冊を手に取る。 久生十蘭の「黄…

サイヒの祭り

長実雛罌粟がぽつぽつとオレンジの頭を擡げ始めた。 「もうすぐお祭り…」 サイヒさんが植え込みの雛罌粟の群れを見つめながら、 ぼそりと言う。 僕は10年以上ここに住んでいるけど、 そんな祭りのことは知らない。 いつも地上から10メートルより上のことと、…

輪亀

パトカー、消防車、覆面パトカー…なんだ、なんだ? 夜8時を回っていた。 物騒な車たちがマンションを静かに囲んでいた。 何か事件があったのだろうか。 訊いてみようと人を探したが誰もいない。 野次馬どころか、車の中を除けば誰一人見当たらない。 いった…

罪と×

クロネコヤマトの小林さんが消えてしまった。 僕が当地に引っ越してきてから、ずっとこの地区を担当していた。 ほかの人は次々に替わっても、この人だけは替わらなかった。 それがもう、3ヶ月以上も姿を見ていないのだ。 病気だろうか。 担当換えだろうか。…

葉隠町にて

川を隔てれば隣の県だ。 川幅は1メートルから50メートル余り。 1メートル地帯であれば、平均的な運動能力の持ち主ならば、 一瞬にして隣県と行き来できるわけだ。 僕も一応は平均的な運動能力を持っているので、 橋を渡ることなく葉隠町に入った。 野良…

大変な人

Yさんほど偉大な人を、私は知らない。 かれこれもう七十年配だろうか。 ふっくらした品のある婦人である。 つい数年前まで、マンションの下の階に住んでいた。 美大出身で、美的センスも豊富にありながら、 そういう人にありがちな、身勝手なところは少しも…

ミジンコ

優華さんの声はドライアイスのように冷たく熱く痛かった。 「ランがいなくなっちゃったの…どっかで、見かけなかった?」 同棲中のカレシが不意に出て行ってしまったというのだ。 カレシは売れないバンドマン。 姓なのか名なのかわからないが「乱」と名乗って…

梅に雨

「牛を食うなら、どこで生まれ育った牛であろうが、 どこでどんな事件があろうが、 朝から、もりもりユッケを食うくらいの心意気で食え。 さもなければ牛に失礼だ」 牛頭天王が、斧を振り振り言う。 僕はただ、首を振り振り聴いているしかなかった。 その主…

プルチャン語

プルチャン語をご存知だろうか。 あまり知られていないと思うが、名前くらいは、ご存知の方もいるかもしれない。 学生時代、シャンソンを原語で歌いたくて、フランス語を勉強した。 レッスンもすべてフランス語という専門学校に、通ったりまでした。 実用に…

目が覚めると…

目が覚めると思わぬ場所にいることが、たまにある。 なぜそこにいるのか…どころか時には、 そこがどこなのかすらわからない。 記憶が途絶えたのか、異空間に入ってしまったのか… 自分は、酒が一滴も飲めない。 酔いつぶれて正体を失くすなんてことは、あるは…

線量計

公園で黄色い携帯を拾った。 携帯というよりスマートフォンだろうか。 よく見ると、しかし、ディスプレイが小さすぎるし、 ボタンも少なすぎる。 線量計のようだ。 確かドイツ製の高価なやつ。 スイッチらしいものから始めて、ボタンを次々にいじってみたが…

三つ目信号

信号が変わらない。 交差点ではなく、ただ横断歩道があるだけの道だから、 待たされるのは仕方ないが、せめて押ボタン式にしてほしい。 この街道は、けっこう交通量が多い。 信号無視して横断するのは命がけなのだ。 おばさんが3人、いらいらして待っている…

おろしゃ大黒

ロシアの黒パンを齧っていると、電話がハラショーと叫んだ。 朝っぱらから、なんじゃらほい。 「はひ、もごもごでふが…」 パンが口の中に残っていて、うまくしゃべれない。 「お世話になっております、第八生命の金座です。 朝早く失礼いたします。 きょうの…

いはうやうのない名文

名文家で知られる、ある作家の愛用語であった。 言いようのない、では陳腐そのものだが、 いはうやうのない(いおうようのない)には、 独特の重厚なリズムがある。 すっかり気に入り、真似して使ってみた。 いはうやうのないリズムに魅せられたぼくは、 こ…

毒美

「青美」と書いて「しげみ」と読む。 自分でも大好きな名前だった。 1週間前までは… 1週間前、市の中学の文集に青美の詩が載った。 ちょっと照れくさかったが、うれしかった。 おかあさんの目 うちおかあさんは まみちゃんのおかあさんよりブスだ うちおか…

ポッポーとヒョロゲ

1日2回、つまり1往復しかバスの来ない村である。 隣接する家は1軒だけ。 他のお隣さんは遠く離れている。 そのいずれもTさんである。 Tは祖父母の家の姓でもある。 秋田の祖父母の家。 どこまでも広がる田んぼの中に、その家はあった。 垣根も境目もな…

許せない

許せない食べ物というのがある。 筆頭はフルーツサラダだ。 あまり深い理由はない。 とにかく野菜と果物を混ぜこぜにするのが、 どうしても許せないのだ。 気持ち悪くて仕方がない。 ましてフルーツにドレッシングやマヨネーズがかかっていようものなら、 絶…

雨の日には花を買って

駅を降りて商店街に入ると、急に雨が降り始めた。 大した雨ではないが、小さな花屋さんが目に入ったので、 雨宿りがてら立ち寄る。 入り口の外、風が吹けば雨の降りかかる微妙な位置に、 198円均一の小鉢が並んでいる。 かわいい花ばかりだ。 雨粒が顔に…

ウォーター・マッシュルーム

用水路を覗き込むと、ミズキノコだらけだ。 まるで、クラゲみたいだ。 オオトカゲが進化して…いや、不本意に順応して、 海に潜れるようになったようなものだ。 ミズキノコは、しかし、なぜ水環境に順応したのだろう。 ウォーター・マッシュルーム… 外国ではウ…

華に額づく

スェーデン在住の知人から、ずっしり重い荷物が届いた。 『体系への情熱 ー リンネと自然の体系への夢』なる豪華本であった。 リンネ生誕300年公式記念出版本で、 贈り主は日本語版の翻訳を担当した人である。 http://www.linnaeus.se/se/jap.4.3b063add1101…

史上最強のクマさん

昼飯時にニュースを見ようと思ってNHKをつけると、 「ワイルドライフ」の再放送をやっていた。 しかも京都法然院の特集。 http://t.co/ngSaGBW 2010年5月、この山寺で川本真琴さんのライブがあった。 鳥や蛙のバックコーラスの中、 蚊に刺されながら、畳敷き…

禁じられた遊び

マンションの玄関ホールに入ると、5階のS婦人が、 エレベーターを止めて待っていてくれた。 急いではいなかったが、待たせるのも悪いので、 小走りに飛び乗る。 「どうもすみません…こんにちは」 いまどき珍しい、サザエさん風の頭をした、 気のいいおばさ…

華遍路

道端に、やたら目立つ橙色は、 ナガミヒナゲシの花である。 帰化植物らしいが、そうした種族の例に漏れず、 急速に増殖しているようだ。 漢字で書くと長実雛罌粟。 ひときわ長い果実が特徴である。 その長い実やお辞儀するような蕾が、 おいでおいでをしてい…